「悪人」吉田修一

この作家のミステリー小説は初めて読む。
いつも、退屈な日常を凌駕する驚きや、苦しみみたいなものを求めてミステリーを読んでるかなり最悪な人間なんだけど、読んだあとに、残る本にあまり出会わない。
動機が不純だから当たり前か。

内容(「BOOK」データベースより)
保険外交員の女が殺害された。捜査線上に浮かぶ男。彼と出会ったもう一人の女。加害者と被害者、それぞれの家族たち。群像劇は、逃亡劇から純愛劇へ。なぜ、事件は起きたのか?なぜ、二人は逃げ続けるのか?そして、悪人とはいったい誰なのか。

あらすじはこんな感じで、現実にも起きていそうな、今の日本にある事象や人とのかかわり方を、偶然という軸でつないだような展開。
誰が悪人か、なぜこんな事件が起きたか、について明確な答えを提示しようとしている印象ではなく、
かといって、読者の胸にそれを問う感じでもなく。

ただ、胸の奥に押し殺している残忍さや、人だからこそ持つ、認めたくないような陳腐な部分が言葉にして表現されていることで、なんともいえないうしろ暗い気持ちになる。

言葉にしないことでうやむやにしているだけで、わたしのなかにも同様の闇やひとでなしさが存在することを自覚しながら読むことで、ますます問いに対する答えは出せなくなった。いや、出すことがおそろしくなった。

唯一、残忍さと希望をつなぐ橋になりそうな言葉があったので引用。
そしてその橋は、否定した瞬間に消えてなくなる、足元をすくう橋でもある。

大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。自分には失うものがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ。