Syrup16g@日本武道館。翌日。


行ってきた。翌日になった。
(セットリストは間違いあるかもです。)

実はソロのライブを見るのは初めて。
フェスや対バンでは何度も見たり、時々無性に聞きたくなってiPodで聞いたり。
よく触れているので初めてなんて思わなかった。

久しぶりの武道館。
会場には、学生服を着た男子や、地方から親と来たらしい大荷物の親子、
若い人が多いことに驚いた。


グッズはすでに完売。


武道館の前で、「Live Forever」の看板を写真におさめる人たち。




ああ、最後なんだなあと思う。


5時半の開演予定から遅れること10分ちょっと、メンバーが登場。
登場と同時に「五十嵐」の声援と、拍手。

1曲目は「きこえるかい」
何度も聞いたこの曲で、
改めて彼らの姿を見るのが最後であることを改めて悟り、涙が出そうになる。

いいさ どんな言葉でも受けるよ
いいさ どんな言葉でも受けるよ

「きこえるかい」

その覚悟で、彼らは明日を決めたんだと思う。


2階スタンド席から見回すと、みんな直立不動で聴いている。
ほんとに終わってしまうのかという気持ちと、
彼らの今日を焼き付けようという複雑で、ひたすら。

「無効の日」
「生活」
「神のカルマ」
「I・N・M」

俺は俺でいるために
ただ戦っている精一杯

「I・N・M」

「Anithing for today」
「イエロウ」
「月になって」

君に間違ったことはなく
道を誤ったこともなく
ありのまま何もない君を
見失いそうな僕が泣く

「月になって」

「負け犬」
(五十嵐さんがギターをちょっとだけ間違えて、
「負け犬だけに」なんて笑いながらやり直し)
「希望」

ここで五十嵐さんの弾き語りが2曲。
彼らの世界観が詰まった2曲。

「センチメンタル」
「明日を落としても」

つらい事ばかりで 心も枯れて
諦めるのにも慣れた

したい事も無くて する気もないなら
無理して生きてる事もない

「明日を落としても」

人のなかでへつらって偽っている。
うまくいかないどころか、やるべきことがない。
見つかる兆しもない居場所のなさに死にたくなったり。

何度もそんな闇に落ちても、結局わたしたちは生きている。
つらいとか悲しいとかを、時に言い訳にしてやり過ごして生きている。


五十嵐さんは、そこを敢えて言葉にする。
自覚しろとつきつけられる。


結局生きることを選んでいる自分。
言葉だけで死ぬ気なんてない自分。


思えばSyrup16gは、
ニート」や「引きこもり」なんて言葉が生まれる前から、
家から出られなくなる心の闇を見つめてきた。

働くこと、生きることの意味や、
死に損ないが毎日の暇をどうつぶせばいいのかを。

時にきれいごとの裏にある身勝手を晒して舌を出し、
時に自意識の波と人を愛する高望みに諦め抱き、
時に何もいらなくなるような美しいものを際立たせるように汚れたがり、
そしてそういう全てを、くだらないポーズだったんだと無気力に笑う。

初期の彼らの曲は、ひとりの部屋の頭のなかの堂々巡りのそれであり、
外に出ることを拒絶する類の病だった。


眺めながら、ふと思う。

来年の今頃、五十嵐さんは制服を着て宅急便なんか運んでるかもしれない。
ああ、でも体力的に厳しそうだから、ネクタイ締めてるかな。


あんなに「中の人」だと思っていた彼が、
外で、人の中でいきいきと生きているイメージが降ってきたことに驚く。

明日に向かって、前を見ていくこと。
変わっていくことを、おそれないこと。

彼らの曲は、絶望の先にある自嘲から、
どうせなら本気で笑ってしまえよ、というタフネスにいつからか変わったんだと思う。

その結果、弱いものをいとおしむ気持ちや、
美しいものをただ受け入れる寛容、
そんなものが少しずつ生まれてきた。


全然やさしくなんかない。
やさしさとかは関係ない。
迷い悩んだ果てにちらりと見える奇跡。


「もったいない」
「生きたいよ」
「途中の行方」
「ex.人間」

汗かいて人間です 必死こいて人間です
待ってる人がいて それだけでもう十分です

道だって教えます 親切な人間です
でも遠くで人が 死んでも気にしないです

「ex.人間」


「正常」の後。
ふらふらになりながらプレイした後に、五十嵐さんが叫ぶ。


「あーーーこんがらがってきた。
もう終わっちまうよ!」


会場中から悲痛な叫びがあふれる。

ヒステリックなハウリングとともに始まった「パープルムカデ」
ここから怒涛の楽曲。すごかった。

「Sonic Disorder」
「ソドシラソ」
「天才」
「声が聞こえたら 神の声さ」
「空をなくす」

もうずっと聴いていたい。
五十嵐さんの思いが音にのったとき、
思いに押されて少し遅れれば、そこに寄り添うドラムス。

内に秘めていたものを開放するかのように、
どんどんたかぶっていくリズム。

でも命によって俺は救われたんだ
いつかは終わる それ自体が希望

「リアル」

ストレートに人間の感性を讃える曲すら入ったアルバム、
「Mouth to mouse」のなかで、葛藤を歌った曲のひとつだと思う。
周囲の勝手な期待。
実感のなさへの苛立ち
終わることへの恐怖と救い。

圧倒されているうちに、ゆっくりとメンバーが楽器を手離し、去っていく。


* * * 


必死にアンコールを求める拍手。
大きな武道館のなかで、反響とともにずれていく手拍子を、
ときどき心をそろえる様に修正しながら、ピタリと合った瞬間にぞくりとしながら、
メンバーの登場を待つ。


アンコールの1回目。
「さくら」
「ニセモノ」
「新曲?」
「イマジネーション」
「scene through」


1月末に出たアルバムの曲が続く。
本編では「途中の行方」くらいしかやらなかったかな。

「さくら」の歌詞は生々しく迫ってくる。
思えばこのアルバムが出て、最初のライブが最後なのか。


2回目のアンコールは

「She was beautiful」
「落堕」
「真空」


3回目のアンコール。

おんぶされてでてきた五十嵐さんが話す。

「さっきはじっこ? で思った。
もう明日はないんだなって。
明日を感じさせる曲もたくさんかいてるので、
プレイヤーから気が向いたらきいてやってください。
この曲も明日を歌った曲です」


「翌日」

あきらめない方が
奇跡にもっと
近づく様に

「翌日」

この前後で、なんとメンバー紹介も。
「今日もだめだめだった俺」と自身を紹介。
詞が出てこなかったり、歌えなくなる場面も多かった。
当たり前だ。

涙をぬぐう人がたくさんいた。
めがねをはずして、ごしごしと目をこする高校生。
ハンカチで目頭を押さえてから、大きく手を振る女の子。


「今日は長い時間、つきあってくれてありがとう。
すごく不安だったんだけど、こんなにたくさん。ありがとう」


客席をぐるりと見回して、何度も、何度も手をあげ頭を下げる五十嵐さん。
拍手と「ありがとう」の声が波のように起こる。


「今日」の最後の曲は「Reborn」。

落ち着いてかきならす彼らの姿が暗闇に浮かび上がり、本当にまぶしくて。
涙が溢れてとまらなくなった。

愛する心が どんな色であっても
優しい気持ちだけで 夜はあけていくよ

という歌詞が大好きだった。
やさしくておだやかで、美しい曲。

今日はすごく力強く聞こえた。

昨日より今日はきっとすばらしい。人は毎日生まれ変わる。
感極まったその瞬間、会場のすべての電気がともり、
ステージも、客席も白けるほどに明るくなった。
一気に日常に引き戻される。
ムードもなければ、生活感にまみれた武道館の風景。

つつじま合わせるだけで精一杯の
不細工な毎日を 僕らは生きていくのさ

破滅的で刹那な美学を口にしてきた彼らが、最後に見せた白日。
言葉で、音で現実晒そうとしてきた彼らが、最語に態度で示そうとした現実。

白けた光に晒されたありふれた生活に、私たちは向かっていかなくちゃいけない。


  結局生きてるじゃん。
  人は変わるんだし。
  命なんて限りがあるって分かってるんだから、
  笑って生きちゃいなよ。


Syrup16gとしての「明日」を断ち切った彼らからの、メッセージのように思えた。

ステージの上で3人が手をつなぎ、頭を下げる。
会場をあたたかい拍手が覆っていた。
時計は9時近く。3時間に及ぶライブだった。



さようなら、ありがとう。

どうしようもない気持ちになったとき、
美しいものにおぼれたくなったとき。


いつでも会える。



注:引用部分のすべての作詞:五十嵐隆